「おばあちゃんといるのは格好悪い」その言葉の裏にある孫の成長と、二度目の空の巣症候群

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孫を守りたい。その思いから始まった私の起業

毎週末、孫と過ごした日々

二人目の孫の誕生をきっかけに、私は上の孫の面倒を頻繁に見るようになりました。

当時、上の孫は1歳半。一番可愛くて、そして一番手のかかる時期でした。

娘家族の家から私の自宅までは、電車でも車でも1時間余り。毎週金曜日の夕方になると孫を迎えに行き、日曜日の午後まで私の家で一緒に過ごすことが習慣になっていきました。

当時の私は会社員でした。限られた週末の時間はとても貴重でしたが、それでも「もっと自由に時間を工面できる働き方ができたら」と考えることが増えていきました。

いつか、自分で自由に時間を使えるようになって、孫たちを守れるようになりたい。

そんな思いが、少しずつ強くなっていったのです。


娘の限界、そして私の決断

二人目の孫が生まれて少しした頃、娘の様子がおかしくなりました。

仕事で忙しい旦那さんとの家事分担がうまくいかない。小さな子どもが二人いれば、もちろん毎日が思い通りには進きません。

私も手伝いには行っていましたが、つい厳しいことを言ってしまうこともありました。それがきっかけで娘と不仲になることも、かなり頻繁にありました。

それでも子育ては止まりません。結局は私の助けが必要になる。その繰り返しでした。

状況はなかなか良くなりませんでした。

そして私は、とうとう自宅マンションを売却し、娘家族の住む街へ引っ越すことを決めたのです。


「孫を守れる働き方」を作りたい

その頃、小学生が巻き込まれる事件や事故のニュースを見るたびに、不安な気持ちになっていました。

私自身も子育てを経験しているのでよく分かります。保育園や幼稚園までは、必ず大人が一緒に行動する。でも小学生になると、急に一人で行動する場面が増える。そして低学年のうちに自立心が芽生え、運が悪ければ事故や事件に巻き込まれてしまう。

何がなんでも、そういう状況から孫たちを守りたい。

小学生になる頃には、自分で自由に時間を工面できる仕事を作りたい。そして、孫を守ることを最優先にできるようになりたい。

そう思ったのが、上の孫が5歳の頃でした。

まずは近くへ引っ越すこと。そして起業に向けて動き始めること。その過程で宅建の資格も取得しました。

結果的に、それが今の仕事につながっています。


手芸ラボを始めた理由

引っ越し後も、毎週末や必要なときに孫の面倒を見る生活が続きました。

私は引っ越しを機に、手芸ラボを始めるためにテナントとしてマンションの一室を借りました。孫も一緒に遊べる場所を作りたかったのです。

なぜ手芸ラボだったのか。

理由は単純で、「今の自分にすぐできること」だったからです。

正直に言えば、コンセプトもかなり曖昧でした。ただ、編み物を教えてほしいという方が少しずつ来てくださり、週に1〜2回は編み物を教え、週末は孫と工作を楽しむような時間を過ごしていました。

当時はまだ会社員でもありました。週2日の出社、時短勤務という働き方をさせてもらっていたので、会社勤めとラボ運営を両立することができていました。

そして、できれば少しずつ会社員から自分の仕事へ移行していきたい。そんな思いがありました。

しかし、現実はそんなに甘くありませんでした。

集客で躓き、コンセプト作りで躓き、焦るばかりで根気も続かない。この状況では、いつまで経っても会社員を辞めて食べていくことはできない。

今思えば当然のことですが、ようやくそれに気付きました。

ラボを始めて6ヶ月で閉めることを決意しました。

まずは生活の柱となる仕事を作ること。その上で、余裕ができたらまたやればいい。そう自分に言い聞かせていました。


不動産会社を立ち上げるまで

そうしているうちに、とうとう孫が小学校へ入学しました。

目標だった「自由に時間を工面して孫を守ることを最優先にする」は、まだ実現できていませんでした。

そんな頃、勤めていた会社が組織再編による人員削減を行うことになりました。

もう、この機会に進むしかない。

そう決めました。

ラボを引き払い、その1ヶ月後、以前取得していた宅建士の資格を使って不動産会社を開業することを決めました。


小学生になった孫との暮らし

開業準備を進めながら、小学生になった孫の面倒を見る日々が始まりました。

ゴールデンウィーク頃からは、孫が私の家に泊まるようになりました。

小学校への送り、学童への迎え、夏休みや冬休みのお弁当作り、宿題のフォロー、体操着や上履きの洗濯、自由工作、持ち物の準備、連絡帳での先生とのやり取り、体調不良時のお迎え。

気付けば、ほとんどすべてに関わっていました。

怒ったり、イライラしたり、疲れたり、心配したり、笑ったり。

少しも休めませんでした。

それでも、成長の過程を近くで見られることが嬉しく、私にとっては大切な時間でした。


突然やってきた別れ

そして入学から1年が経ち、孫は2年生に進級しました。

最初はいつも通りでした。

けれど、春休みの少し前あたりから、何となく変化を感じ始めました。

休みの日は友達と遊びたがる。父親と買い物へ行きたがる。

私は不動産会社の仕事で週末も忙しくしていましたが、それとは別に、「私から離れていこうとしている感じ」がありました。

そして、2年生のゴールデンウィークに入る直前。

4月29日、昭和の日。

その日を境に、孫は私の家で暮らさなくなりました。

何が起きたのか分かりませんでした。

宿題や生活のことでうるさく言い過ぎたのか。怒ってばかりだったから嫌われたのか。

そんなことばかり考えていました。

思い出すたびに涙が止まらず、自分でも「異常なんじゃないか」と思いました。

依存しないようにしなければ。

そう考えたこともありました。

でも、来ると分かっていた日が、こんなにも突然来るとは思っていなかったのです。


孫の「成長」

そんなある日、こんなことがありました。

仕事から帰る途中、学校帰りの孫を見つけたのです。

ちょうど、私の家の手前にある横断歩道を渡るところでした。

気付かれないように、少し離れた場所から見ていました。

私の家へ帰るなら、その横断歩道は渡りません。

道を渡っていく後ろ姿を見ながら、私は何とも言えない気持ちになりました。そこには、子どもながらの、とても硬い意志のようなものを感じたのです。

その後、孫と二人になる時間があり、思い切って聞いてみました。

「◯◯ちゃんが自分のお家に帰ったのって、もしかして、ばぁばのイビキがうるさかったから?」

すると、ニヤニヤしながら、

「そうだよ」

と返ってきました。

「なんだ、そんな理由だったのか」と、一瞬だけ安心しました。

でもやはり、それだけではない気がしていました。

これまで「ばぁばの家がいい」と言ってくれていた子が、自分の意思で帰っていった。その背景には、きっと成長があるのだろうと思いました。

そして徐々に、分かってきたことがあります。

「おばあちゃんと一緒にいるのは格好悪い」

「パパやママといるほうが格好いい」

そんな気持ちが、少しずつ芽生えていたのだと思います。

そして、それは私自身も通ってきた道でした。

私も小学生の頃、祖母と一緒に暮らしていました。祖母は畑仕事をしながら、両親が仕事でいない間、私たち兄妹の面倒を見てくれました。

祖母の作る料理が大好きでした。今でも鮮明に覚えています。

それでも成長するにつれて、「おばあちゃんといるのは格好悪い」と感じる瞬間がありました。

まさか自分が言われる立場になるとは思っていませんでした。

実際にそういう時期が来ると、胸が締め付けられるようでした。

本当に、胸が張り裂けそうな毎日でした。


空の巣症候群、そして今

でも、これも成長の過程なのだと思います。

これまでも、孫は月単位でどんどん変わっていきました。

わがままになったり、聞き分けが良くなったり、自分でやりたがったり、手を繋ぐのを嫌がったり。

今回の変化は、「周りの目を気にし始める」という成長なのかもしれません。

「自立したい」「大人に見られたい」

そんな背伸びしたい年頃ゆえの葛藤なのだと思います。

娘のときにも、空の巣症候群のような気持ちは経験しました。

でも、孫はそれ以上に辛かった。

しかも、たった1年でこんなにも心を持っていかれるとは、自分でも驚いています。

不動産会社を立ち上げ、免許を受けて現在3ヶ月。まだ軌道には乗っておらず、毎日試行錯誤しています。

そんな中で今回のことがあり、やっとの思いで毎日を過ごしています。

それでも、孫たちのことはこれからも見守っていきたいと思っています。

ただ、これまでより少しだけ距離を置いて、自分の仕事や趣味も生活の中心に戻していこうと思いました。

そう考えられるようになったのも、今回の出来事があったからです。

私は「ばぁば」だけれど、孫と一緒に成長させてもらっているのだな、と感じています。

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